【交通事故のトラウマ】PTSDの後遺障害が認められる要件と賠償での争い

PTSDは後遺障害として等級認定の対象となる

事故は誰にとっても少なからず精神的な負担があります。事故によりPTSDの診断が下された場合、後遺障害としては認められるのか、どのような点が争いになるのか、特殊な問題があります。

ー 目次 ー

PTSDの医学上の定義と要件

(1)PTSDとはなにか

PTSDとは、Post-Traumatic Stress Disorderの略であり、心的外傷後ストレス障害を意味しています。
Traumatic(外傷性)のStress(ストレス)Disorder(障害)です。
PTSDの臨床症状は、再体験症状、回避・麻痺症状、覚醒亢進症状のほか、解離性症状、パニック発作、錯覚、幻視も存在することがあります。

(2)PTSDの判断基準

いかなる場合にPTSDに該当するかという診断基準について、アメリカ精神医学会が定めたDSMー5という基準と、世界保健機構(WHO)が定めたICD-11という基準があります。

参照 ICD=11が定めるPTSDの定義
https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http://id.who.int/icd/entity/2070699808


細かな要件ではそれぞれ違いがありますが、基本的には以下の4要件を満たしているかを検討することになります。

① 強烈な外傷体験
② 外傷的な出来事の再体験
③ 外傷と関連した刺激の回避
④ 覚醒亢進症状(入眠困難、集中困難、過剰な驚愕反応等)

②の再体験症状というのは、いわゆるフラッシュバックであって、その時と同じ恐怖体験をその場に戻ったかのようにありありと感じる症状です。交通事故でいえば、事故の場面を鮮烈に思い出すということです。
③の回避というのは、出来事に関して思い出したり考えたりすることを極力避けようしたり、思い出させる人物、事物、状況や会話を回避します。交通事故でいえば、車に乗らないようになった、運転を避けるようになったという回避行動です。
④覚醒亢進症状というのは、いらいら感、無謀または自己破壊的行動、過剰な警戒心、ちょっとした刺激にもひどくビクッとするような驚愕反応、集中困難、睡眠障害などの反応をさします。

PTSDで再体験想起
ふとした瞬間にフラッシュバックする症状があります。

PTSDで該当する後遺障害等級

 PTSDは非器質性精神障害として、9級、12級、14級が等級認定の対象となります。
 9級10号 通常の労務はできるが、就労可能な職種が相当程度に制限される
12級13号 通常の労務はできるが、多少の障害を残す
14級9号  通常の労務はできるが、軽微な障害を残す

自賠責保険における非器質性精神障害の後遺障害の認定基準としては、「抑うつ状態、不安の状態、意欲低下の状態、慢性化した幻覚・妄想の状態、記憶又は知的能力の障害など」の症状の有無と、「身辺日常生活、生活・仕事に積極性・関心を持つこと、通勤・勤務時間の順守、普通に作業を持続すること、他人との意思伝達、対人関係・協調性、身辺の安全保持、危機の回避、困難・失敗への対応」の項目について判断を行い、さらに総合判断して障害の程度を判断するということとされています。

主治医によっては、PTSDと後遺障害診断を下すことがありますが、自賠責では容易には非器質性精神障害としては認められないのが実情です。また、厳密には次の通り、賠償対象としてのPTSDを発症しているかが争いになります。

裁判所がPTSDと認定する手法と傾向

PTSDが争いになった裁判例を分析すると、上記のDSMとICDの要件にしたがって認定するもの、同要件を参考にしながら裁判所が独自に認定するもの、鑑定結果をそのまま認定するケースなどがあります。
認定方法が必ずしも医学的な診断基準に基づかない理由について、以下の裁判例が参考になります。

東京地裁平成14年7月17日判決
「DSM-ⅣとICD-10も分かりにくい表現で多義的である上、いずれも医学的診断基準であって、損害賠償基準ではなく、PTSDと診断されたからといって、後遺障害等級7級あるいは9級などの評価が直接導き出されるわけではない。
・・・外傷性神経症より重度の障害を伴う後遺障害として位置付けられたPTSDの判断に当たっては、DSM-Ⅳ及びICD-10の示す①自分又は他人が死ぬ又は重傷を負うような外傷的な出来事を体験したこと、②外傷的な出来事が継続的に再体験されていること、③外傷と関連した刺激を持続的に回避すること、④持続的な覚醒亢進症状があることという要件を厳格に適用していく必要がある。

PTSDで争いになる問題

(1)PTSDの要件である強烈な外傷体験を満たしているか

ア 強烈な外傷体験とはなにか

ICD-11では「Post traumatic stress disorder (PTSD) may develop following exposure to an extremely threatening or horrific event or series of events」とあり、PTSDは脅威的または破局的な出来事にさらされた後に発症しうるとされています。
交通事故では少なからず外傷体験としては日常生活では起こり得ないもので誰しもが脅威を覚えるものです。
そこで、PTSDを発症しうる強烈な外傷体験といえるだけの交通事故とは何かが問題となります。

イ 裁判例で肯定又は否定されたPTSDとしての外傷体験

○交通事故でPTSDを認定した事例の外傷体験

福岡地裁平成14年3月27日判決 時速50~60kmでの追突被害事故
→信号停止していた被害車両に対し、加害車両が時速50キロメートルないし60キロメートルで減速することなく追突した事故であること、被害車両は約50メートルほど前方に押し出され修理不可能で全損扱いとなったこと、中からドアを蹴って車外に出なければならないほどであったこと、被害者はバックミラーを通してスピードを落とさずに近づいてくる加害車両を衝突されるまで見ていたとして、DSM-ⅣのAの基準に当てはまるとした。

横浜地裁平成25年11月28日 信号機のある交差点で、横断歩道の歩行を開始した被害者に左後方から加害車両が右折して被害者左背面部に衝突させた事故
→被害者の主観としては背後から突然はね飛ばされ、生命にかかわるような大事故であったと認められるとされた。

大阪高裁平成24年2月23日判決  センタ―オーバーの事故
→後続車両があったために避ける手だてもなく,正面衝突に至ったもので,衝突により跳ね上げられた上にさらに後続車両とも衝突したのであるから,本件事故の経験は,正に生命の危機に直面する体験であるとした。

×交通事故でPTSDを否定した事例の外傷体験

東京地裁平成14年7月17日判決 センターオーバーした車と正面衝突した事故
→高速度で衝突したわけではないこと、被害者は軽症であり、家族も重傷を負ったとまではいえないこと、左後部座席にいた被害者が衝突を目撃した可能性は低いことなどを考慮すると、自分又は他人が死ぬ又は重傷を負うような外傷的な出来事を体験したものとみることは困難であるとされた。

大阪地裁平成26年11月19日判決 高速道路で車線変更をした加害車両と衝突した事故
→本件事故の態様、損害の程度、傷害の程度、症状の推移等に照らして本件事故は,PTSDの原因となるほどの重傷を負うような出来事に当たるとはいえず,また,ほとんど誰にでも大きな苦悩を引き起こすような例外的に著しく脅威的,破局的な性質を持ったストレスの多い出来事に当たるともいえないとされた。

金沢地方裁判所平成28年2月4日判決  追突した事故
→本件事故は重大なものではあったものの、原告にはさしたる外傷はなかったとして診断基準を満たすものといえるかには疑問があるとされた。

ウ PTSDの外傷体験の判断要素

裁判例では、同じセンタ―オーバーでもPTSDの外傷体験したと認めるものと否定したもので分かれています。
そのため単純な事故態様だけで測れるものではなく、症状を惹起させるだけの傷病の程度、事故時の認識なども総合的に検討されてこの要件が判断されていると考えられます。
要素をまとめると、次のとおりになると思われます。

①被害者の被害接触の程度(車か、バイクか、生身か)
 積極的な要素:バイクや歩行者    
 消極的な要素:大型貨物自動車
②車両の損傷状況
 積極的な要素:全損、ドアが開かないなどの破損 
 消極的な要素:軽微な損傷
③事故態様(衝突速度、正面衝突・追突、その他事故の異常性)
 積極的な要素:正面衝突、同時多発事故、高速度
 消極的な要素:追突(軽微)
④被害者の負った傷病の程度
 積極的な要素:後遺障害等級が認定されている
 消極的な要素:意識障害なし、骨折なし、
⑤同乗者の死亡や重症の有無
 積極的な要素:同乗者が死亡している。
 消極的な要素:同乗者はPTSDなど発症していない。または怪我が軽微。
⑥被害者の目撃状況の有無
 積極的な要素:衝突する瞬間を目撃している
 消極的な要素:衝突する瞬間を見ていない

(2)その他の要件を満たしているといえるか

外傷体験のほかに、外傷的な出来事の再体験、外傷と関連した刺激の回避、覚醒亢進症状などの有無も争いになります。
たとえば、通院に際して自分で車両を運転して通院できていたとなれば、回避行動としては消極的な傾向に働くことになります。他方で電車通勤をするようになった、自分では運転出来ず家族に乗せてもらうようになったということがあれば、積極的に働くと考えられます。
裁判では、精神科への診療録などの内容をもとに、フラッシュバックなどの症状を訴えていたか、被害者がどのような回避行動をとっていたかなどが争いになります。

(3)素因減額の問題

交通事故は誰しもが日常生活では体験しない出来事であり、特異な体験であるといえます。
ストレスを感じない人はいないでしょう。
他方で同じ事故であっても、運転者はPTSDを発症しなかったにもかかわらず、同乗者はPTSDを発症することもあります。個々人でストレス耐性が異なるのは当然ですが、PTSDを発症した方の心的なストレス耐性が極度に脆弱な場合、それが素因減額として賠償額の減免要素となりえます。

弊所が取り扱ったPTSDが争いになった事案で、事故以外の精神的ストレスが通院に大きく影響している事例が過去にありました。精神障害に関する紛争は、素因減額などが争いになりやすい傾向にあるかと思います。


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