【高齢の被害者の方向け】高齢者の交通事故賠償の特殊性

高齢者の方は交通事故による被害の程度が重いことが多い

高齢者の方は、歩行時に交通事故被害に遭われることが少なくありません。また、持病を有している方もいます。
そのため、事故に遭われた場合、重い傷病を負い、治療も長期化しやすい傾向にあります。
そして、介護の問題や後遺障害認定の問題など、事故の賠償で争いになりやすい特有の問題があります。

ー 目次 ー

高齢者の素因減額の問題(骨粗鬆症、認知症、糖尿病)

高齢者の方は事故の時点で、何らかの既往症を有していたり、生理的機能が低下していることが少なくありません。
そのため、治療の長期化や残存した後遺障害の損害に対して、事故との因果関係や素因減額が争いになります。
素因減額とは、被害者が事故前から有していた疾患としての既往症や身体的特徴などの体質的素因、精神面での疾患といった心因的素因がある場合、それが通常発生する損害を超えて損害の拡大に寄与している場合、損害の公平な分担の趣旨から、賠償額を減額するものです。
つまり、元々有していた既往症が治療長期化の原因になっていた場合、賠償額が減額される可能性がある、といういことです。

裁判例では以下のような素因について考慮されています。

①骨粗鬆症

骨粗鬆症とは骨強度の低下により骨が脆弱化し、骨折をきたしやすくなった病態をいいます。
1000万人以上いるとも推定されている、メジャーな症状です。遺伝や加齢、生活習慣などが原因のひとつと考えられています。
交通事故の場合、軽度の外力で骨折が生じやすく、後遺障害が残存しやすい傾向にあります。
高齢者の交通事故では、特に大腿骨骨折の被害に遭われる方が多いように思われます。


名古屋地裁令和3年3月16日判決(素因減額された事例)
「原告は,・・・継続的に骨粗鬆症の治療を受けていたところ,原告の骨密度の値が同年代の標準偏差の範囲内ではなく,低い数値を示しており,これらの症状を呈しない者と比べ,骨折しやすい状況にあった」
「(事故態様に照らして)骨粗鬆症の症状を有しない者であれば,本件当時の原告の態勢と同じ状態で本件列車に乗車していたとしても,胸椎を圧迫骨折することは想定しがたい。したがって,本件事故により原告が第11胸椎を圧迫骨折したことには,原告の身体的要因が大きく影響していたというべきであり,民法722条の類推適用により,素因減額をすることが相当である。」
→骨密度の値や事故態様に照らした被害の程度などから、疾患に相当するものと認定し、4割の素因減額がされている。

他方で大阪地裁令和2年9月11日判決では、骨粗鬆症の既往症があると認定しながらも、「同既往症が本件事故による損害の発生や拡大に寄与したことが明らかと認めるに足りる証拠はなく」と素因減額を否定しています。そのため、単純に骨粗鬆症の既往症があるだけでは素因減額がされるわけではなく、その程度・事故後の治療に与えた影響などが検討要素になってくると考えられます。

②認知症

認知症は脳の病気や障害などにより、認知機能が低下し、生活に支障をきたす状態をいいます。
代表的なものとしてアルツハイマー型認知症、血管性認知症どがあります。

神戸地裁平成28年6月22日判決
医師の書面尋問で、被害者が満76歳と高齢であり,中等度の認知症と骨粗鬆症の影響もあったため,リハビリテーションが予定どおりに進まず,長期間の入院になったと思われると記載されていたこと、ADLの低下は年齢,骨粗鬆症,認知症の影響が考えられると記載されていることなどに照らして、10%の素因減額を認めている。
→認知症が治療に影響したことなどを素因減額の根拠として認定している。医師の所見を参考にしている。

高齢者には重篤な後遺障害が残りやすくなります。
骨折などの重傷を負うと後遺障害が残りやすくなります。

③糖尿病

糖尿病とはインスリンが不足することによって、高血糖の状態が続く病気です。
心血管に障害を及ぼし、神経障害等の合併症を引き起こします。
高齢者では5人に1人が糖尿病とも言われています。
裁判例では、糖尿病が「症状の長期化の要因」、「骨癒合が遅れた」として素因減額を数十%認めたものがある一方で、「糖尿病の既往歴は軽度」、「治療に影響を及ぼしたと認めるに足りる証拠はない」として否定したものも多数あります。
これも単純に糖尿病であることをもって素因減額されるわけではなく、具体的な傷病に与えた影響を精査して判断されることになります。

高齢者の逸失利益にまつわる争点について

①無職の場合の逸失利益

後遺障害が残存した場合、労働能力を喪失したことに対する補償として逸失利益の項目があります。
高齢者の場合、定年退職して無職の場合が少なくないため、将来の労働収入に対する補償としての逸失利益が認められるかという問題があります。
裁判所は、無職の高齢者の場合、「就労の蓋然性」があれば逸失利益を認める傾向にあります。具体的には、定年退職後の生活状況であったり、就労の意思を示す事情(ハローワークへの通所、就職活動の有無、資格取得の有無)、健康状態
就労可能性)、就労しなければならない事情(財産がない、年金が少ない)等の要素からこれを判断していると考えられます。
なお、有職者の場合、実際の収入又は年齢別の平均賃金センサスなどを基礎収入として逸失利益を認める傾向にあります。

事故時は無職で、定年後にシルバー人材センターで都度、就労していた方のケースでは、一部逸失利益が認められました。他方で、具体的な就労の動きが無く、漠然と趣味を仕事にしようと考えていたという程度では逸失利益は否定的に働きます。

②家事労働の評価

家事労働を行っている高齢者については、家事労働を金銭的に評価して逸失利益を認められるかが争点となります。
家事労働の逸失利益を認める考え方の一つとして、家事労働が家計の支出節約に寄与するものであることが理由として挙げられます。
もっとも、高齢者の場合、その家事労働が自己の生存に過ぎない程度のものの場合、逸失利益性は否定される傾向にあります。具体的には、一人暮らしの場合、家事労働をしていたとしても逸失利益を否定する裁判例が多いようです。
他方で、同居している家族のために行っている場合は、これを認める裁判例もあります。
家事労働の程度・具体性、身体・健康状況、同居家族の構成などを考慮して、逸失利益が認められるか判断されることになります。

③死亡時の年金の逸失利益について

ア 逸失利益が認められる年金の種類

高齢者の方が亡くなられた場合の年金の逸失利益については裁判例から次のように考えられています。
老齢基礎年金、老齢厚生年金、障害基礎年金、障害厚生年金については逸失利益が認められています。
遺族年金については逸失利益を否定しています。

イ 逸失利益の計算方法と要素

被害者の年金収入×(1-生活費控除率)×平均余命までのライプニッツ係数

逸失利益が認められたとしても、年金部分については生活費控除率が高くなる傾向にあります。
具体的には50%~は控除される例が多いように思われます。

ウ 事故時に就労していた方の死亡逸失利益

①就労可能年数までの逸失利益
 被害者の基礎収入(又は年齢別平均賃金センサス)×(1-生活費控除率)×就労可能年数のライプニッツ係数
②平均余命までの逸失利益
 被害者の年金収入×(1-生活費控除率)×(平均余命までのライプニッツ係数)

①+②=死亡逸失利益

高齢者の就労可能年数は、平均余命の2分の1と一般的には算定されます。


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